映画『ルックバック』の感想になります。
ネタバレを含みますので、お読みになる際はご注意ください。
『ルックバック』は、2021年に少年ジャンプ+にて公開された、日本の漫画作品。
作者は『チェンソーマン』などで知られる、藤本タツキ。
漫画を通じて出会った2人の少女の交流、成長、葛藤、挫折などを描いた、青春物語となっています。
長編読み切りとして公開されたこの作品は、公開開始1時間でTwitterトレンド1位になるほど瞬く間に話題となり、「このマンガがすごい!2022」オトコ編第1位に選出されるなど、非常に高い評価を獲得しました。
もくじ
概要
そんな大人気漫画を劇場アニメ化した本作。
監督・脚本・キャラクターデザインを務めるのは、押川清高。
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』や『借りぐらしのアリエッティ』などの原画や、『電脳コイル』や『スペース☆ダンディ』で作画監督を務めるなど、今後さらなる活躍が期待されるアニメーターです。
アニメーション制作は、ボンズでプロデューサーを務めていた永野優希と押川さんが設立した制作会社、スタジオドリアンが担当しています。
2017年設立とまだ歴史は浅いですが、『チェンソーマン』の悪魔デザインや、『THE FIRST SLAM DUNK』の作画でも参加しているようです。
キャストは、ドラマ『不適切にもほどがある!』で大きな注目を集めた河合優実と、ドラマ『マイストロベリーフィルム』の主演などで知られる吉田美月喜の2人がダブル主演を務めています。
登場人物がそれほど多くないのでほかに特筆すべきキャストとしては、とあるシーンで森川智之と坂本真綾が出演しているところでしょうか。「こんなところにやたら豪華なキャストを…!?」と思いました。
予告編
あらすじ
小学4年生の藤野(演:河合優実)は、クラスの人気者。
学級新聞で彼女が連載している4コマ漫画はクラスメイトにも大人気で、鼻を高くしていました。
しかし、そんな彼女の栄光の日々は、不登校児の京本(演:吉田美月喜)に漫画の枠をひとつ譲ったことで、終わりを迎えます。京本の画力はあまりにも高く、それと比べると藤野の絵は「普通」だと言われ、大きなショックを受けます。
その後、漫画を描くのをやめてしまった藤野。時は過ぎ、卒業式の日。卒業証書を家まで届けるよう先生から頼まれ、2人は初対面します。そこで、京本が藤野の4コマ漫画の大ファンだったことが判明するのでした。
そして、この出会いが、2人の運命を大きく変えていく――。
というのがあらすじ。
感想
完璧でした。
これはもう、今年の国産アニメ映画個人的No.1決定かもしれません。
(『モノノ怪』がどうなるかにかかっている)
公開始まってすぐの土日にまず見に行ったのですが、ギチギチの満席でビビりました。で、隣の席の人のポップコーンワシャワシャ食う音で少し気が散ってしまい作品に没入しきれなかったので、平日の仕事終わりでもう一度見てきました。映画館には行きたい、でも人が多い場所はちょっと苦手、というめんどくさい人間です…。
こんなに短いスパンで同じ作品を2回見に行ったのは初めてでしたが、2回目の方が集中して見れたおかげか、より感動出来ました。というか、始めから終わりまでずっと泣いてたような気がします。見終わった後トイレ寄ったら、目が真っ赤になってて恥ずかしかったです。あと、2回目の時にはもう特典の冊子がなくなってて驚きました。土日にどんだけ人来たんや…。
そのまんま原作
まず、本作は原作をアニメ化した作品として、ほぼ完璧な出来になっていると思いました。元々原作が単行本1冊で完結する物語であり、更に映画好きの作者が描いているだけあって映画的な描き方がされているので、非常に映像化に向いている作品ではあったと思うんです。でもそれをこれほどのクオリティで、しかも1時間弱程度の上映時間に収めてくるのは本当にすごいとしか言いようがなくて。エンドロールを見ていて、スタッフの少なさに驚いたのですが、少数精鋭で製作されているらしいですね。
作画に関しては、他の人も散々言ってるので多くは語りませんが、原作のそのままの絵が一切の崩れもなく動き回るのが本当に素晴らしいとしか言いようがない。あと背景も、敢えて漫画っぽく描線を残していたり手書きっぽくしていたり、作品とマッチしていて良かったです。
声優さんも、いい意味でアニメっぽくないというか、可愛らしくもリアリティを感じさせる演技で、好感が持てました。京本の東北訛りがめちゃくちゃかわいかったです。
あと音楽も、『TRIGUN STAMPEDE』のEDテーマを書いてるharuka nakamuraが担当しており、キャッチ―で耳馴染みが良くてとても良かったです。
本作を「完璧」と言っているのにはもうひとつ理由があって、それは原作からほとんど足し引きがされていないというところなんですよね。違いと言えば、最初の藤野がウンウンうなりながらネタを考えている場面と、4コマ漫画がアニメになるシーン、あとはエンドロールくらいでしょうか。ほかにも細かい違いはあると思いますが、非常に原作に忠実に作られていて、原作ファンとしてはありがたい限り。
あ、そーいえば、原作では見開きでドーン!と表現されている場面が、敢えてそうしているのか、アニメは漫画と違ってコマの大きさを変えられないのでそう見えてしまうだけのかわかりませんが、本作では割とあっさりとしていたような、そんな印象を受けました。京本に褒めちぎられて雨の中感情を抑えきれず家まで走っていく藤野のシーンと、藤野のネームを読んで笑い転げる京本のところです、僕が主に感じたのは。いや、全然悪いとかではないんですけどね。あんまり大仰にやってしまうとくどくなってしまうかもしれないですし、むしろ良かったと思っています。
万人に通ずるテーマ
この作品は原作者藤本タツキ氏の作家性が色濃く出ており、「全てのクリエイターに刺さる作品」みたいによく言われていますが、僕は「現代に生きる多くの人に響く作品」だと思っています。
僕が思うこの作品のテーマは、
- 誰かに認めてもらうことが、何よりのモチベーションになる
- ひとりでは難しいことも、ふたりなら頑張れる
- なんてことのない日常が、ある日突然奪われる無常さ
- 時には過去を振り返ることで、人は前へ進んでいく
こういう感じではないかと。これって、クリエイターだけでなく、現代社会に生きる人であれば多かれ少なかれ経験のあることだと思うんです。それを漫画という題材を通して描かれているので、僕をはじめとした多くの人の心に届くんじゃないかなぁと思うわけです。当然ながら僕の境遇は本作の登場人物とは全く異なりますが、共感できるところも非常に多く、もうなんかどういう感情かよくわからないけど涙が止まりませんでした。
あの件について
原作の漫画が公開されたとき、不審者が美大を襲撃するシーンが某アニメ制作会社放火事件と重なるということで、あの件の追悼としての一面があるのではないかと言われてましたね。また、犯人の言動がとある病気の症状と酷似しており、病気を抱えた人への侮辱ではないか、とクレームが上がり、それを受けてセリフが一部変更され、その変更が良いとか悪いとかギャーギャー言う人がいっぱい出るほど、大きな話題となりました。
あくまで僕の個人的な印象ですが、あそこは「何の前触れもなく、あまりにも無慈悲に突然奪われる日常」というのが重要なのであって、セリフを変更したところで作品の本質には影響を及ぼさないのではないか、と思っています。少なくとも、出版社が無断で変更したわけではなく、作者が了承したうえで変更しているんでしょうから、第三者がそれについて勝手な憶測であーだこーだ言うのはお門違いですわな。
ちなみに、一番最初のバージョンと、クレームを受けて変更したバージョン、単行本でさらに修正されたバージョンが存在するらしいですが、本作では単行本のバージョンが採用されているっぽいです。
悪い思い出にしないで
この作品には多くのオマージュ元(とされているもの)がありますが、その内のひとつと言われているのがoasisの名曲、『Don't Look Back In Anger』であるのは有名な話。ちなみに僕は鑑賞前に電車の中で聴いてました。
この曲の歌詞の日本語訳を読んだのですが、驚くほど藤野と京本の境遇とリンクしているんですよね。男女の別れを描いた曲のようですが、藤野と京本がお互いを思う気持ちにもリンクしているように思えます。また、曲名を直訳すると「怒りで振り返らないで」となり、これはこれで美大を襲撃した犯人に対する怒りを表現しているとも取れますが、意訳すると「悪い思い出にしないで」と読み取ることが出来ます。そう捉えると、2人がこれまで歩んできた人生に対する、藤野の、そして京本の“祈り”のようなものを感じて、また涙が止まらなくなるんですよ…(泣)
タイトルの意味と、最後の答え
「look back」は「後ろを見る」とか「振り返る」とか、そういう意味ですよね。この作品ではそれ以外にも、
- 藤野の後ろから京本が支えてくれている
- 京本は藤野の大きな背中にいつも憧れている
- 京本の服の背中に書かれた藤野のサイン
- 生存した世界線の京本が描いた4コマ『背中を見て』
- 過去が背中を押してくれる
とかまぁ、多くの意味が込められているわけです。文字通り「後ろ向き」に捉えられがちな「ルックバック」という言葉ですが、なんとも前向きなメッセージになっているのがたまらなく感動します。
それから最後、どうして藤野は「描き続ける」ことを選んだのか。
「楽しみにしてくれている読者のため」とか「京本への追悼のため」とかそれっぽい答えもまぁそうだと思うのですが、結局のところ「答えなんてない」んじゃないかと僕は思いました。強いて言うなら、「生きるため」、要は「描くこと=生きること」なのかな、と。エンドロールにて、机に向かう藤野の背景がどんどん変化していくところで、「あぁ、これが藤野の日常なんだな。つまりこれが、藤野にとって生きるってことなんだな」と、そう思った次第です。これからも生きていくこと、それが京本への一番の手向けになる、そう藤野は思ったんじゃないかなって…あぁだめだ、少し泣いてきます。
最後に流れる『Light song』がまたね、そんな藤野をそっと祝福してくれているように静かに響いてね、涙を誘うわけなんですよ。
おわりに
長い割に伝えたいことあんまり表現できてないですが、以上になります。
不満と言うほどのものではないけれど、4コマをアニメにするシーンだけはちょっと必要性を感じなかったかなというのと、パンフレットはちょっと内容と値段が釣り合ってないかな、と思ってしまいました。
多くの人の心に沁みる作品になっていると思いますので、気になっている方は是非見て欲しいです。上映時間も1時間無いのでさらっと見れると思いますし、いたずらに長い作品よりも遥かに高い満足を得られるかと思います。
ということで、映画『ルックバック』の感想でした。
ではまた。