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映画『マッドマックス:フュリオサ』感想(ネタバレ)

映画『マッドマックス:フュリオサ』の感想になります。
ネタバレを含みますので、お読みになる際はご注意ください。

マッドマックス』は、1979年に第1作目が公開された、オーストラリアのアクション映画シリーズ。

この作品と言えば、『北斗の拳』など数多くの作品に影響を与えた、核戦争によって荒廃した世界、いわゆる“世紀末”な世界観が大きな特徴。
…なのですが、1作目は割と普通の現代社会で、ストーリーも警察vs暴走族のカーアクションがメインなんですよね。いちおー、終末戦争で荒廃する直前の世界が舞台らしいですけども。北斗の拳が大好きな僕なので、もちろんマッドマックスも全部見てるくらい大好きなシリーズですが、2作目からいきなり世界観が変わってビビった覚えがあります。ちなみに、北斗の拳で一番好きなキャラはアインです。

そういや過去にも何度か北斗の拳ネタ出してましたね。

1985年に第3作『マッドマックス/サンダードーム』が公開されてから、度重なる撮影延期や製作中止を経て、実に30年ぶりとなる2015年に、第4作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が公開。全世界が待ち望んでいた続編は、アカデミー賞10部門ノミネート6部門受賞、その他数々の賞を受賞するほどの特大ヒットを記録しました。

 

そんな『怒りのデス・ロード』の前日譚であり、メインキャラクターのひとりであるフュリオサを主人公としたスピンオフ作品、それが本作、『マッドマックス:フュリオサ』です。

彼女の幼少期から物語が始まり、動乱の時代をどのように生き抜いてきたかが描かれる、バイオレンス・アクション作品となっています。

 

もくじ

 

概要

監督は皆さんご存じ(?)、ジョージ・ミラー
『マッドマックス』シリーズ全てで監督を務めているほか、子ブタが大冒険を繰り広げる『ベイブ』シリーズや、ペンギンが歌って踊る『ハッピーフィート』シリーズも手掛けているなど、漢(OTOKO)向けバイオレンスからファミリー向けまでこなせる、非常に振り幅の大きい御大です。

脚本はミラー監督のほか、『マッドマックス』1作目で俳優として出演し、以降ミラー監督作の多くで作家や脚本として参加しているニコ・ラソウリスが共同で執筆。

 

主演を務めるのは、モデルとしても活躍している、アニャ・テイラー=ジョイ
M・ナイト・シャマラン監督の『スプリット』『ミスター・ガラス』への出演で注目され、近年では『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』のピーチ姫の吹替など、活躍は多岐にわたっています。

主人公の敵(かたき)となる男を演じているのが、クリス・ヘムズワース
マーベル作品『マイティ・ソー』シリーズにて、アベンジャーズのメンバーであるソーを演じていることでも知られています。

そのほか、TVドラマ『私立探偵ストライク』で主演を務めるトム・バーク、『マトリックス』シリーズに出演しているラッキー・ヒューム、『怒りのデス・ロード』でも同役で出演しているアンガス・サンプソン、モデルや大ヒットラブコメ恋するプリテンダー』への出演でも知られるチャーリー・フレイザー、といった俳優陣が出演しています。

 

余談ですが、本作は本来、『怒りのデス・ロード』と同時にアニメ作品として公開される予定だったというのを、パンフレットを読んで初めて知りました。しかもその監督として、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』などで知られる前田真宏氏が予定されていたというのだから驚き。結局その計画は頓挫してしまったようですが(同時公開ってのはそもそも無理がある気がする)、もし実現していたら本作とは全く異なるものになっていたと思いますし、アニメ版も見てみたかったなぁ。

 

予告編


www.youtube.com

 

あらすじ

核戦争によって荒廃した世界。
水や資源は失われ、砂漠だらけになったこの世界で人々は秩序を失い、暴力がすべてを支配していました。

奇跡的に草木や水が豊富に残る“緑の地”と呼ばれる場所で暮らしていた、幼いフュリオサ(演:アリーラ・ブラウン)。しかしある日、武装したバイカー集団に、フュリオサは拉致されてしまいます。母のメリー・ジャバサ(演:チャーリー・フレイザー)が助けに駆け付けますが、残虐で暴力的なリーダー、ディメンタス(演:クリス・ヘムズワース)によって無残に殺害されてしまいます。怒りと悲しみに打ち震えるフュリオサ。それでも、彼女は決して“緑の地”の場所を口外しませんでした。

その後、イモータン・ジョー(演:ラッキー・ヒューム)が治める“砦(シタデル)”にて、部隊の大隊長まで上り詰めていくフュリオサ(演:アニャ・テイラー=ジョイ)。誰にも心を開かない彼女の胸の中にはいつも、母を殺したディメンタスへの復讐と、故郷へ帰るという強い思いがあり――。

というのがあらすじ。

 

本編感想

最高にヒャッハーでした。

やはり、このシリーズが作り上げた、最高にパンクでクレイジーでエネルギッシュな世界観は本当に素晴らしい。今やポストアポカリプスもののひとつのテンプレとして確立されてますもんね。本作でも、その魅力を十分に堪能することができました。特にディメンタスが乗る、バイクを3台繋げて後ろのリアカーで操縦する乗り物のバカさ加減たるや(褒めてます)。「そうそう!コレコレ!」って感じでした。“ディメンタス・チャリオット”という名前らしいですねアレ。

それと、本作で特に力を入れたという、走行中のウォー・タンクの上で繰り広げられる激しいバトルシーンは、見応え抜群で最高でした。手を変え品を変え次々と襲ってくる敵を、類まれなる戦闘スキルと機転で切り抜けていくフュリオサの姿には、否応なしにテンション爆上がりでした。

ただ、前作『怒りのデス・ロード』で既に世界観は極まっていた感があるので、新鮮な驚きは薄いかもしれません。

 

キャラクターは非常に良かったです。

まずフュリオサですが、アリーラ・ブラウン演じる幼少期のフュリオサがまーかわいいったらない。まじで「妖精さんかな?」と思いましたもん。それでいて、成長した姿を演じるアニャ・テイラー=ジョイとしっかり同一人物に見えるのもすごい。よくあんな子見つけてきたなぁ、と感心しきり。…と思ったら、役者が変わってもなるべく違和感が生まれないよう、お互いの目元などをCG処理でいじっているんだとか。全然気づかなかったぜ。

アニャは『スプリット』を見たときから大好きな俳優さんでしたが、今回も見事な演じっぷりでした。おでこをオイルで真っ黒に塗りたくっても、坊主頭にしても、どうしても美しさが滲み出るところとか、『怒りのデス・ロード』で同役を演じたシャーリーズ・セロンに通ずるところがあって、大変良かったです。なんというか、これまでは本作のような泥臭い役をやるイメージがありませんでしたが(シャーリーズ・セロンもそうだけど)、また新境地を開拓してきたな、という感じ。左腕に故郷の場所をタトゥーとして残しているのも、腕を失う=帰れないというのを視覚的に表していて良いと思いました。

ディメンタスは、非常にこのシリーズらしい敵キャラで面白かったです。今までの敵キャラは、独りよがりで支配欲が強く自惚れ屋な性格で、「俺様がこの世界を支配する!」って感じの分かりやすいキャラが多かった気がしますが、ディメンタスはさらに「俺はみんなのためを思ってやってるんだ!だから俺のやることは正義!」みたいな、自己陶酔型な味付けがされていて、ナイスなキャラに仕上がっていました。明らかに後先のこと一切考えてないのもまた良き。演じるクリヘムもバッチリハマってましたね。なんか「ソーはもうあんまやりたくない」みたいな話も聞くし、こっち路線で行くのもいいかもしれませんね。

フュリオサが唯一心を許す人物、警護隊長ジャック(演:トム・バーク)。
彼がシリーズ通しての主人公であるマックスを彷彿とさせるキャラであることは言うまでもないですが、あんな時代でも“誇り”や“仁義”のようなものを失っていないキャラクターは非常に魅力的でした。しかし、その律儀な性格ゆえに、最悪な結末を呼び込んでしまうことになろうとは。なんてぇ時代だよ、まったく。
そーいや、どこかのシーンで一瞬、マックスらしき人物とその愛車インターセプターが映りこんでましたね。絶妙なファンサービスだなーと。

もうひとり特筆すべきキャラといえば、フュリオサの母、メリー・ジャバサ。
命懸けで子供を守る、強くたくましいキャラクターで、めっちゃカッコ良かったです。ただ、射撃スキル、暗殺スキル、乗馬スキル、バイクスキル、修理スキルと全てにおいてスペックが高すぎて、すさまじい万能キャラになっていたのはちょっと気になりました。まぁ、悪い言い方をすると「殺されるために産み出されたキャラ」なわけですし、あまりバックボーンを掘り下げてもアレですしね。

イモータン・ジョーさんは、今回は大暴れすることは無く、管理職のポジションに収まっていました。確かにあれだけのコロニーをやりくりしていくにはただのイカれ野郎では無理でしょうし、納得度は高かったですが、あまりジョーさんのそういう姿を見たくなかったような気もするようなしないような。

 

ストーリーもなんというか、ヒャッハー(?)でしたね。

どんなに厳しい状況でも必死に生き抜き、成り上がっていくフュリオサの姿は、応援したくなる魅力がありました。それと、基本的に登場人物全員クレイジーでアホなので、何をしでかすかわからないというハラハラドキドキが常にあって、最後まで飽きることなく見れました。

とはいえ、ちょっと思うところもあったのは事実で。
本作の根幹にあるのは“復讐劇”なわけですが、クライマックスでは復讐や争いという行為の虚しさ、愚かしさを描いていて、良い言い方をするとテーマに真摯に向き合っている、悪い言い方をするとちょっとテンション下がっちゃうなー、という印象を受けました。悪いヤツはドッカーン!やったぜ大勝利!でいいのに、という思い。ま、これはあくまで僕の好みの問題です。

あと、全編通してバイオレンス描写たっぷりな割に、母やジャックなど、重要なキャラが死ぬ瞬間の描写は避けていて、結局死んでんだか生きてんだかよくわかんないままだったのは、少々モヤっとしました。観客になるべく不快な思いをさせたくないという配慮なのかもしれませんが、こういうシーンが凄惨であればあるほど、復讐を遂げたときのカタルシスも大きくなると思うのです。なのでこのシリーズでは特に、観客への忖度など不要。「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」の精神でいいのになー、と思ってしまうのです。いやまぁ、実際どうしてそういう描き方にしたのかはわかりませんけども。

マッドマックスを作る側はこういうマインドでいてほしい。

 

おわりに

そんな感じで、非常に楽しむことが出来ました。

プライベートで色々あってちょっとテンション落ち気味、かつあんまり見たい映画がなくて映画館から足が遠のきそうになっていましたが、無事に引き戻してくれました。(ちなみに、映画館へ行かない代わりに、未視聴だった仮面ライダースーパー戦隊Vシネマなどを家で見漁ってました笑)

本作は前日譚なので、本作を見ることで『怒りのデス・ロード』が更に楽しく見れるようになること請け合い。しかも、シリーズ見ていないとわからないといったこともないので、これまでマッドマックスに触れたことの無い方も安心して鑑賞できると思います。頭を空っぽにしてヒャッハーしましょう。

ということで、映画『マッドマックス:フュリオサ』の感想でした。

ではまた。