GORGOM NO SHIWAZAKA

ゴルゴムのしわざか!

映画『すずめの戸締まり』感想(ネタバレ)

映画『すずめの戸締まり』の感想になります。
ネタバレを含みますので、お読みになる際はご注意ください。

君の名は。』や『天気の子』のヒットで、すっかりトップクリエイターとなった新海誠監督。
その最新作が本作、『すずめの戸締まり』になります。

大変お恥ずかしいのですが、僕は新海作品は『君の名は。』しか見てない…。『天気の子』は、リバイバル上映されたときに見に行こうと思ってたのですが、タイミングが合わなくて見に行けず。『言の葉の庭』とかも、何度も何度も見ようとして再生ボタン押す一歩手前まで来たのに、「やっぱアメトーーク見よ」みたいになってまだ見れてない、という感じ。いずれ必ず見ます。

そーいやふと思い出したけど、『秒速5センチメートル』をいたく気に入ってる友人がいて、DVDも貸してもらったような気がするんですが、見た記憶がない…。あれどうしたんだっけ…。ちゃんと返したっけな…。

 

目次

 

概要

本作は、各地で発生しうる災害を未然に防ぐために旅をしながら、様々な人と出会って交流を深めていく、ロードムービーの要素が強いと思いました。

また、若干ネタバレ気味になってしまいますが、本作は東日本大震災を扱った作品になります。津波の描写こそありませんが、地震が発生したり、緊急地震速報のアラームが鳴る描写が出てきます。どことは言いません(言及されません)が、甚大な被害を受けた跡地も出てきます。そのため、実際に被害に遭われた方の中には、不快感を覚える人がいるかもしれません。そういった意味では、閲覧注意!な作品かと思います。

 

これまでの作品で評価の高かった色彩豊かな映像美は、本作でも健在。
宮崎の田舎町や、大都会東京、本作を象徴する場所である廃墟など、多種多様な風景が描かれており、それらを見ているだけでもお釣りがくるくらい(?)に、見応え抜群のクオリティとなっております。

 

主人公の声を演じるのは、若干19歳の俳優、原菜乃華
すごく可愛らしい声で、役柄にピッタリだと思いました。
調べたら、僕が2020年に見た中で最も号泣した映画『罪の声』で、非常に重要な役を演じた子だったんですね。この役の子の人生が余りにも壮絶過ぎて、思い出すだけで涙が出てくる…。

もうひとりの主人公を、天下のジャニーズ、SixTONESのメンバーである、松村北斗が演じています。
朝ドラ『カムカムエブリバディ』へ出演していた、と言えばわかる方も多いかと思います。まぁ、僕は見てないけど…。
確か声優初挑戦だったと思いますが、非常に声優らしい声質というか、ちょっとオーバー気味な演技がうまくマッチしていたように思います。

他にも、深津絵里染谷将太伊藤沙莉神木隆之介松本白鸚など、豪華俳優陣が声優として出演しています。
松本白鸚って誰だっけ…と思ったけど、顔見たら一発で分かりました。前名は松本幸四郎松たか子のお父さんです。「伝ー承ー!」のCMの人、とも言いますね。(お歳暮の時期とかによく見る…よね?)

 

余談ですが、平日の昼に見に行ったのに、シアターはほぼ満員でした。本作の話題性の高さが窺えますね。両隣の人が上映中にスマホをチラチラ見てたのが不愉快極まりなかったですが、分母が多いとどうしてもそういうのに出くわす確率も上がっちゃうのがなんとも。

感想や考察記事も山のようにネットに上がっていますので、読み応えのある文章はそちらにお任せするとして。
色々と特別な思いもあるので、僕はその辺の思いを中心とした感想を書いていきたいと思います。

 

予告編


www.youtube.com

 

あらすじ

宮崎県ののどかな街で暮らす17歳の女子高生、岩戸鈴芽(声:原菜乃華)。
ある日、鈴芽は登校中に謎めいた青年、宗像草太(声:松村北斗)と出会い、「近くに廃墟はあるか」と尋ねられます。
彼の後を追って廃墟に向かった鈴芽は、開けた場所にポツンとたたずむひとつの扉を発見。吸い寄せられるようにその扉を開けると、そこには美しい星空が広がる、幻想的な世界が。鈴芽はその景色に、なぜか見覚えがあるのでした。

その後、学校へ登校し、昼食を食べようとしていると、廃墟の方角から不気味な煙のようなものが出ていることに気付きます。しかも、他の生徒には見えていない様子。ただならぬものを感じた鈴芽が再度廃墟へ向かうと、先程の扉が発生源となっており、草太が必死に扉を閉じようとしていました。とっさに鈴芽も助太刀に入り、どうにか扉を閉めることに成功します。

腕に傷を負った草太を手当てするため、2人は鈴芽の自宅へ。手当てを終えると、窓には見慣れない猫がいました。その猫は、「すずめ、好き。おまえ、ジャマ」と人間の言葉を話し、その瞬間、草太が鈴芽の部屋にあった椅子の姿に変えられてしまいます。

草太にかけられた呪いを解くために、2人はダイジン(声:山根あん)と呼ばれるその猫を追いながら、日本各地の廃墟に発生する“後ろ戸”を閉じていく――。

というのがあらすじ。

 

本編感想

今、このテーマを扱う意義

概要で書いている通り、本作では東日本大震災を扱っています。この事について、きっと賛否両論あると思います。

ワタクシゴトではありますが、僕は地元が仙台なので、当時のことはよく覚えています。
僕自身は東京の大学に通っていたので、その日1日停電したくらいで済みました。実家は山の方にあるので津波の被害こそ無かったものの、至る所にヒビが入り(未だ完全に直ってない)、1ヵ月ほどライフラインも止まったままで、父は職場の復旧作業で何日も泊まり込みで働いていました。帰省して手伝いとかしようとも思いましたが、「むしろ帰ってこない方が良い」と言われ、断念。まぁ、交通機関もマヒしてましたし、どうにか帰れたとしても僕の分の食料とかも調達しなきゃならなかったわけで、それはそれで大変だったろうなぁと。
友人のひとりは、車を運転しているときに津波に遭い、浸水してくる車からすんでのところで脱出し、そのまま車を乗り捨ててどうにか事なきを得たそうです。

幸い僕やその周りに大きな被害が無かったので、トラウマになったりはしませんでしたが、恐らくこの先もずっと忘れられない出来事です。

 

しかし中には、思い出したくない、そっとしておいてほしいと思っている人もいて、そういった人にとって本作は、見たくないものを見せられていることに他ならないわけで。もしかすると、バッシングみたいなものもあるのではないかと思います。でも、新海監督はそうなりうることを分かったうえで、本作を作っているんですよね。

「時間が経つにつれ少しずつ記憶は風化していってるし、あの震災を知らない世代も増えてきた。だから今このタイミングで、震災を扱った作品を作る。」

入場者特典として配られた『新海誠』にも、こんな感じのことが書いてありました。インタビューとかが充実していてなかなか読み応えのある本だったので、鑑賞された方は一読をオススメします。あれ無料で配るって普通にすごいと思う。

 

とまぁ何が言いたいかというと、監督も生半可な思いで作ったわけではなさそうだよ、ということです。映像に限らず何かを創造する人って、感受性のアンテナをビンビンに張っているイメージがあるので、新海監督も人一倍思うところがあったんだと思います。そして、震災そのものや、震災に対する人々の感情と真摯に向き合い、災害がもたらす悲劇、残された人の思いから逃げない、といった強い“覚悟”のようなものを感じました。

 

失った人を“悼む”物語

監督の意図としては、決してトラウマを呼び起こして苦しめようとか、悲しい気持ちにさせようとか、そういうことでは断じてなく、喪ってしまった人たちに思いを馳せて、忘れないようにしよう、ってことなのかなーと思いました。

追記:あまり「死」を悲劇的に描いていない、というのも、↑のように思った理由のひとつ。「死」に真摯に向き合っていない、と捉えるのもわかる気がしますが、震災被害者への配慮なのかな、とも思いました。

後ろ戸を閉じる=戸締まりするという行為は、まさに“悼む”ということだと思っていて。
廃墟が“過去”“失われたもの”を指していて、そういった場所に“後ろ戸”は出現する。そして、そこに刻まれた人々の思いを読み取ることで、扉を閉めることが出来る。それはまさに、喪ってしまった人たちに思いを馳せる≒悼むということなんじゃないかなーと。

 

また、“悼む”ことは、今いる人が前に進むためにあるんだよ、と言っているようにも思いました。

主人公、鈴芽は、震災によって母、岩戸椿芽(声:花澤香菜)を亡くしており、叔母の岩戸環(声:深津絵里)の家に引き取られ、宮崎へと移り住むことになります。高校生となった現在も、あの時の記憶は心の奥底にしまい込んで、母の死を受け入れることが出来ずにいました。

ですが、草太と共に“戸締まり”をしていく中で自身の過去と向き合うことになり、最終的に彼女は母の死を“悼み”、前へと進んでいくことを決意します。悲しみに蓋をして見ないフリをするのではなく、一旦しっかりと死を悼む=嘆き悲しむことで前に進むことが出来るというのは、非常に納得感が高い流れだと思いました。

 

最後は常世に迷い込んだ幼少期の自分と出会うことになり、あの時形見の椅子を渡してくれたのは、未来の自分自身だったことが判明します。矢継ぎ早に母の特徴を言ったりして、必死に母を見つけようとする幼い鈴芽の姿は、つらくてつらくて涙が止まりませんでした(年々ああいうのに弱くなっていく…)

今の鈴芽は、そんな自分自身にも、前に進んでいく力があるのだと告げます。ここで「やれるやれる!君なら出来る!もっと熱くなれよ!」とか言うのではなく、「大丈夫、君もいずれちゃんと前に進めるからね」みたいに言うのが今っぽいなーとか思ってみたり。「お姉ちゃんは、だれ?」の問いに、「私はね、すずめの明日!」と言うのが印象的でした。

 

鈴芽と同じように、震災で大切な人を亡くし、それを受け入れることが出来ない人は実際にいると思います。そういう人に対し、僕は何を言えばよいのかわからず言葉に詰まってしまいますが、新海監督は本作で、そういった人たちへのメッセージを発信しているのかな、と思いました。

 

鈴芽の世界

決して悪い意味ではないですが、本作では意図的に“男性”が排除されていると思いました。

草太以外には、草太の友人、芹澤朋也(声:神木隆之介)と、あとは環の同僚、岡部稔(声:染谷将太)と、草太の祖父、宗像羊郎(声:松本白鸚)がちょろっと出てくるくらいで、あまり本筋に男性が関わってくることがなかった印象。各地で出会う人たちもみんな女性ですしね。

ホントは草太以外の男性は1人も要らないけど、いつもの「豪華キャスト集結!」をやりたいがために男性キャラを用意した可能性もありますが…そこまで邪推するのは野暮ですわな。

 

あと何と言っても、鈴芽の父親に関して何の言及も無かったのがちょっと気になりました。鈴芽も一切気にしていない様子なので、物心つく前に亡くなった、もしくは最初からシングルマザーだった、と考えるのが自然ですが、それにしたって回想とかで出てきてもいいはずなのに、全く出てこない。

ストーリーの進行に不必要なものを削っていった結果こうなった、ということかもしれないですが、鈴芽が見ている世界だけを描いている、ってことなのかもしれないなーと。ある意味、全編が鈴芽の主観映像といいますか。登場人物が比較的少ないのも、そういう風に考えればある程度納得できるように思います。

 

叔母である環との関係性も、印象深いものでした。
ちょっと過保護気味の環に対し、若干疎ましさを感じている鈴芽。鬼のような着信の嵐に、本当に気付かなかっただけなのか、はたまた。

後半、環は鈴芽に対し、溜まりに溜まっていた思いをぶちまけます。左大臣に操られていた?のが原因だったわけですが、2人の関係はギクシャクしてしまいます。しかしその後、環は変に言い訳せず、「そういう風に思ったことがあるのは事実」と認めるんですよね。自分の非を認めること出来ない大人っていっぱいいるので、素直にすごいと思いました。そして、「でも、それだけじゃない」と。きっとそうした負の感情の何倍も、優しい感情があったんだろうなーと。お互いへの深い愛情が感じられる、すごく大事なシーンだと思いました。

環の存在が、鈴芽が母の死と向き合う一助となったのは間違いないかと思います。

 

「いってらっしゃい」と「いってきます」

鈴芽は各地で、様々な人と出会います。

愛媛では同い年の活発な女の子、海部千果(声:花瀬琴音)と出会い、彼女の家族が経営する民宿に泊めてもらう事になります。
神戸ではスナックのママ、二ノ宮ルミ(声:伊藤沙莉)と出会い、彼女の子供とも仲良くなります。どーでもいいけど、伊藤沙莉の声がキャラとベストマッチ過ぎて最高でした。

彼女らは、旅立つ鈴芽を「いってらっしゃい」と送り出してくれます。なんというか、「いってらっしゃい」って、「また必ず会いに来てね」という願いが込められてると気付いて、すごく感動してしまいました。

 

対して「いってきます」は、旅立ちを表す言葉でもあり、「必ず帰ってきます」という思いが込められている言葉でもあるんだと気付きました。また、“常世”から戻ってきた鈴芽が言う「いってきます」には、母に向けたものであると同時に、ここでもやはり「前に進む」という思いが込められていて、ホントよく出来てるなぁと。

映画自体も「いってきます」で締めくくられていて、とても前向きな気持ちになれる、素晴らしいラストでした。

 

余談ですが、スタッフロールでエピローグ的なのがイラストで語られるの、ジブリみたいで良かったです。

 

おわりに

随分と偏った感想になってしまいました。

ほかにも、ダイジン、かわいい!→怖い!→なんだコイツ(怒)→やっぱかわいいぃ…(泣)ってなったり、芹澤めっちゃええヤツやん、と思ったり、懐メロの選曲センス、嫌いじゃないぜ…と思ったり、RADWIMPS、というか野田洋次郎の歌ってあまり好きになれないんですが、他の人が歌うとすごく良く聞こえるとか、色々言いたいことはありますが、この辺にしときます。

すずめ (feat. 十明)

すずめ (feat. 十明)

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この映画が最終的にどのような評価になるのかはわかりませんが、少なくとも僕は、監督がしっかりとした信念をもって震災を扱ってくれたこと、そしてそれをこれほどの完成度で提供してくれたことに感謝したいです。

この作品が少しでも被災者遺族の救いになってくれたらありがたい限りですが…。それはちょっと大袈裟ですかね。

ということで、映画『すずめの戸締まり』の感想でした。

ではまた。